もちねこのペアダンスメモ

もちねこのペアダンスメモ

異国のダンスを学ぶ

タンゴの進化 タンゴファミリー

 

socialdance.stanford.edu

 

前回の記事はこちら

mochineco.hateblo.jp

 

 

タンゴは一世紀以上にわたって世界中で人気があります。

そのため、長年にわたっていくつかの異なる形態に進化してきました。 変更の方法と理由を理解しておくと役立つ場合があります。

過去1世紀にわたって、タンゴは3つの主要な形態に分かれてきました。タンゴの系譜を一から見てみましょう。

 

タンゴのルーツ

 

タンゴの前身をたどるのは困難です。その中に含まれているのは、アフリカのカンドンベ、スパニッシュタンゴ、これはおそらくロマが由来で、サルスエラ(スペインの伝統舞台芸術)劇団のツアーからアルゼンチンに持ち込まれたものかもしれません。

もしくは、●キューバのハバネラ(「ハバナの踊り」)、移民によってアルゼンチンにもたらされたヨーロッパのソーシャルダンからの進化、●ガウチョの踊りの数々(ガトー gato、シフラ chifras、ペリカン pericon、チャカレーラchacareraまたは エスティリトス estilitos)。あるいは、これら5つの可能性のいくつかを組み合わせたものである可能性が高いです。

 

タンゴのルーツはブエノスアイレス郊外の場末(arrabalアラバール)または、郊外に住む公民権を奪われた貧しい人々によって作られた為、はっきりとは知られていません。これらの障壁は、主に移民のスラムであり、農場の経営が破綻したり、土地の男爵に買収されたりしたために、パンパからの移住によって拡大しました。都市政府の支援や統制から解放された周辺のアラバールは、所有権を奪われた人々の独自のサブカルチャーを発展させ、タンゴが進化したのは、まさにここでした。

ダンスが公民権を剥奪されたサブカルチャーから生じた場合、そのルーツは特に曖昧になります。なぜなら、これらの発展は、後世の出来事を記録できるような都心の人々によって、ほとんど記述されないからです。

最後に言うと、タンゴの起源は、曖昧なだけでなく、ダンスのためにもっと立派な伝統や、もっとセンセーショナルなイメージ(「生まれは売春宿だ!」)を好む人たちによって意図的に隠されていることが多いのです。

 

パリ・タンゴマニア

 

北半球で最初にタンゴが見られたのは、アルゼンチンのダンサーが1908年頃にタンゴをパリに持ち込んだときでした。その人気はまたたく間に高まり、1912〜14年のタンゴマニアというパリ最大のニュースとなりました。

アルゼンチン人もタンゴを英国と米国に直接持ち込み、急速にドイツ、イタリア、ロシア、そしてヨーロッパ全土に広まりました。世界中のダンサーがタンゴに恋をし、それを彼らのソーシャルダンスのレパートリーに加えました。

 

1912年のヨーロッパと北米のタンゴの記述と、同じ時期のアルゼンチンのタンゴのマニュアルと比較すると、北半球のダンサーはほぼ間違いなく、アルゼンチンと同じスタイルで同じステップを踊っています。

 

信じられないですか?

続きを読んでください。

 

タンゴの家系図には3つの主要な分岐があります。

1. 生ける伝統的なアルゼンチンタンゴ(タンゴ アルゼンチーノ)

 

これは今日、ブエノスアイレスで踊られているタンゴです。ほとんどのソーシャルダンスの形態は、その起源の国で進化を続けており、タンゴはその完璧な例です。 10年ごとにステップとスタイルに変化が見られます。

 

今日のアルゼンチンタンゴを、1世紀前のブエノスアイレスのタンゴダンスマニュアルの説明と比較すると、アルゼンチンタンゴから、今日のスローとクイックのステップの元の組み合わせは、ほとんどなくなっていることがわかります。

アルゼンチンタンゴの初期の典型的なタイミングの1つは、スロー・スロー・クイック・クイック・スローでした。タンゴプロムナードの位置(前を向いて、並んで手を握る)は、初期のブエノスアイレスのタンゴマニュアルで紹介されていましたが、他の元の要素とともに消えました。しかし、これらはすべてソーシャルタンゴ(「アメリカンタンゴ」)に残っています。

 

複雑なフットワーク(ガンチョ ganchos、サッケード sacadas、バリダ barridasなど)のような他のステップとスタイルが、数十年にわたってアルゼンチンタンゴに追加されました。

密着して抱擁するスタイルのタンゴは、1995年のスタンフォード・タンゴ・ウィーク中にアメリカに導入され、その後、広く受け入れられています。何十年もの変遷を経て、現在のアルゼンチンのタンゴは、オリジナルのバージョンとは大きく異なっています。

 

生ける伝統的なアルゼンチンタンゴは、今日も世界中で踊られています。

 

2.ソーシャルタンゴ

 

ラグタイム時代にタンゴマニアがヒットしたとき、ソーシャルダンスの踊り手はすでに多くのダンスを知っていました。例えばワンステップ、ワルツ、ツーステップ、ブラジルのマシーシ(Maxixe)、1914年のフォックストロットなどです。ダンスのレパートリーが増え続ける中で、彼らは熱狂的な歓迎でもってアルゼンチンのタンゴをそこに追加しました。

 

その後、時が経ても、ソーシャルダンサーたちはタンゴを変える理由を持ちませんでした。壊れていないのに、なぜそれを直す必要があるでしょうか?

今日のソーシャルタンゴは、基本的に、元来の1912年のアルゼンチンタンゴを継続したスタイルです。 どの足から始めるかなど、時間の経過とともにいくつかの漸進的な変化がありましたが、他の2つの形式のタンゴに加えられた大きな変化と比べると、比較的小さなものです。

 

皮肉にも、アメリカンスタイルのタンゴと呼ぶ人もいます。なぜでしょうか。彼らはこの用語を「インターナショナル・スタイル」(ブリティッシュコンペティション・ボールルーム・スタイル)タンゴと区別するために使っています。それでも、ほとんど変化のない最初のアルゼンチン・タンゴを(南アメリカを意味するのでなければ)「アメリカン」と呼ぶのは奇妙に聞こえます。

 

ソーシャルタンゴは、映画で最もよく見られるタンゴの形であり、ロマンチックな関係を前進させたり、ドラマチックな雰囲気を加えたりします。

 

ソーシャルタンゴは3つの分岐の中で、最も変化が少ないので、他の2つの形態が構築される根幹のダイナミクスの多くを含んでいます。

 

どちらが変わりましたか?

 

今日、ほとんどのアルゼンチン人は、ヨーロッパ人がアルゼンチンのタンゴを変えた(「飼いならされた」または「腐敗した」または「価値を貶められた」)と信じていますが、実際には変えたのはアルゼンチン人であり、ヨーロッパやアメリカのソーシャルダンサーは元のスタイルを維持していました

変化は悪いことではありません―それは自然であり、健全な成長の兆候です。しかし、独自の伝統を続けることにも価値があるため、すべての形のタンゴは有効で、それぞれに、何千人もの熱心な愛好家がいて、楽しんでいます。

 

3.競技用ボールルーム・タンゴ(ダンススポーツ、インターナショナル・スタイル・タンゴ)

 

ダンスが変わる、もう1つの理由は、競技です。

ライバルと同じでは、勝つことはできません。際立ったものを追加する必要があります。新しいステップが常に作成され、残りのステップは、古いと見なされます。

例えば、チャンピオンの競技ダンサーであるフレッド・キャンプ(Fred Camp)は、1933年にドイツから英国のボールルームタンゴへ、クイックヘッドスナップ(quick head snap)を導入し、この新しい「スタッカート・タンゴ」について、英国のダンサーの間で、激しい議論を巻き起こしました。戦いが沈静化した後、このドイツのバリアントは、「正しい」英国スタイルとして採用されました。

その後、1960年代に、フォローはよりかたいポスチャーで踊り、パートナーから目をそらさなければならないことが決定されました。

 

予選ラウンドが導入されたとき、タンゴのスタイルは、劇的に変わりました。このラウンドでは、かなり人で混雑したフロアから競技が始まり、すべての競技者が一度に踊ります。審査員は、選手を数人のファイナリストに絞り込み、個々に評価します。ダンサーは群衆から目立つために、はるかに広範な動きをしなければなりません。極端で、拡張された動きは、生き残りの問題であり、そこでは、他者を凌駕するか、すぐに自分が淘汰され、退けられるかなのです。

この広大な拡張性は、競技スタイルタンゴの外観になっています。

  

より小さい枝分かれ:

 

ヒストリカルタンゴ

 

タンゴの3つの主要な分岐に加えて、多くのダンス歴史家やビンテージダンサーは、1世紀前のオリジナルのタンゴを、その時代のダンスマニュアルや映画から再構築して楽しみます。アメリカでもヨーロッパでも、アーリー・タンゴ(初期のタンゴ)はビンテージ・ダンス週間に人気があり、ビンテージ・ボール(舞踏会)で、その時代の衣装を再現しています。

 

パフォーマンスのタンゴ(上演作品タンゴ)

 

舞台や映画でのエキジビションのタンゴは、本来のタンゴとは意味合いが大きく異なるため、別個の部門と見なすことができます。これは観客へのエンターテイメントとしてのタンゴです。動きは誇張されることが多く、タンゴはよりドラマチックに、または時にコミカルに再構成されることが多いです。

 

ハイブリッド

ヒトの家系図と同様に、分岐はしばしば他家受粉(1つの植物の花粉が、異なる株のめしべについて受粉すること)します。

例えば、フィンランドのタンゴ(ラバタンシ)は、ソーシャルタンゴ(アメリカンスタイルタンゴ)、フォックストロット、アルゼンチンタンゴが融合したものと見ることができます。

英国のシークエンス・ダンスとラウンド・ダンスのムーブメントは、短いタンゴの振り付けを繰り返し、ソーシャルタンゴ、競技タンゴ、ヒストリカルタンゴの3つの形態の変種と見ることができます。

これらのシークエンスのほとんどは、1920年代から1950年代まで遡りますが、振付は、それ以来変わっていません。国際的なフォークダンサーやオーストラリアの「ブッシュダンサーbush dancers」は今でも、「王妃のタンゴ the Royal Empress Tango」(1922)のようなこのようなシークエンス(順序立てられた)タンゴを楽しんでいます。

 

どれがベストですか?

それはあなたの個人的な好みに依存します。 これらの形式はすべて有効であり、何千人もの熱狂的な信者がそれぞれ楽しんでいます。

 

 

by リチャード・パワーズ

en.wikipedia.org

リチャードは歴史的および現代の社交ダンスを40年間教えています。彼は世界中でワークショップを主催しており、現在はスタンフォード大学のダンス学部の常勤講師を務めています。19世紀と20世紀初頭の社交ダンスを中心に、過去5世紀の社交ダンスを研究してきました。彼は1981年に「ビンテージ・ダンス」という言葉を作りました。現代の社交ダンスに関しては、リチャードが強調するのは、柔軟で注意深いパートナー関係、創造性、個人的なスタイルの開発、そして様々なパートナーのダンススタイルに適応する能力です。

http://richardpowers.com/

(原著者から許諾を取り、翻訳しています)